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     1年に1度浮上する大珊瑚礁群
                                                                  
                や      え      び     し
   幻の大陸・・ ・ 八 重 干 瀬

<解説>
宮古島平良港から北に15〜20kmにある大小100を超える珊瑚礁群、その規模は南北10km東西6.5kmに散在し、宮古島の10%の面積を有する。
日本最大の台形サンゴ礁の群れが「八重干瀬」で、年に1度の旧暦3月3日(サニツ=浜下り=海開き)の大潮時に約2mあまり、海上に浮上する様はまさに幻の大陸にふさわしい。 
この日、島人は海の恵みを仲間たちと分かち合う。
ニライカナイの神に感謝しながら! 
  2012年度 八重干瀬 日程

沖縄では旧暦3月3日の大潮の日に「浜下り(はまうり)」が行われます。
古来このサニツの日は霊力ある女性(神に選ばれた)が海に入り大きくは時間・空間を超越した宇宙の真理を学び、生命の道に従う知恵を体得しようと神に向かう禊ぎとしての行事であったのですが、今では日本全国から訪れる観光客の潮干狩りの日としても有名になっています。八重干瀬(やびじ)と呼ぶことが 一般的のようです。

<八重干瀬> 今から30年前(昭和55年)に私は初めて宮古島を訪れましたが、今のように大型フェリーもなく、小型和船3隻に分乗して約2時間もの荒れ狂う(海上風警報の)海をヤエビシめざしてお客様を励ましながら行った懐かしいあの日を思い出します。今思えば、無謀としか言いようのない事でしたが、風警報が発令された大変天気の悪い当日でしたが、宝を目前にして今更、お客様も中止する気持ちなどない事をヒシヒシと感じる状況下で、何としても八重干瀬へ行かなくては、という気持ちが強かった、とんでもない添乗員でした。

<出航> 海上風警報が発令され私たちツアー客のヤエビシへの出港を中止するべく海上保安庁の職員が中止の勧告に駆け回っていました、緊迫した状況のなか勧告を無視して出港する地元の船が海上保安庁のヘリコプターから制止をうけても知らぬ顔で 1隻・・2隻と数を増してゆくと、あとはそれに続けとばかりにあちらこちらから多くの漁船が出航していくのでした。 
当時の和船
そんな中、当然立場上は中止しなければならない私は、参加者の熱烈な強行案を受け入れ、少し不安げな船頭に出航を依頼し平良港を出航したのでした。  池間島までは島影で、さほど船は揺れませんでしたが、島を過ぎるや否や三角波が押し寄せました、私も始めてみる波でしたが無数の三角の波が船を取り囲み、まるで魔物が海中から出てきそうな恐ろしい光景でした。出航直前より全員防水用のシートを頭からかぶり甲板に寝ている状況で、時々お年寄り(65歳くらいの女性2名)からは念仏が聞こえてきました。

逃げ場の無い海の上、それは長い長い時間でしたが悪天候も次第に治まり、念願の八重干瀬に到着するころは、青空ものぞく天気になっていました。八重干瀬上空では海上保安庁のヘリコプターが旋回し、早めの帰港を警告していました。サンゴ礁の傍らに接岸した私たちの船は船頭の渡したはしごの上をゆっくりと歩きながらさんご礁の島へ上陸しましたが 喜び勇んだ熊本から参加の○○さんは、足を踏み外して、海中に・・・幸い怪我が無かったものの上陸の際はもろい珊瑚の端は歩かないようにご注意下さい・・・・・もろいですから大変危険です。サンゴ礁の島は凸凹してますからゆっくり足元を確認して歩かねばなりません。

<八重干瀬の必需品>                                         @古い珊瑚はとても硬くて鋭利なのでゴム長靴は厳禁です、できるだけ丈のある登山靴のような丈夫な靴を用意してください。                                            A登山帽子のような厚い生地が良い Bサングラス  Cタオル(数枚) D手袋(軍手)  

<上陸>総員15名、幻の島”八重干瀬”のサンゴ礁の上に立つことができ、実に感慨無量です。 
サンゴの穴の中や、そこいらにはタコやサザエが、逃げ遅れた小魚は飛び回っていました、シャコ貝はサンゴの中で取れませんがナマコは手掴みです。皆さんそれは子供のように笑いながらたくさん海の幸を持ち帰った事を覚えています。 
 

<帰港>2−3時間後、天候がまた悪くなりはじめ我々は平良港に向けで出航しました。            約2時間後、全員無事に平良港に到着しました。復路の旅も最悪でしたが、入港間際まで無口で青い顔だった船頭さんがニッコリしたことを今でも鮮明に覚えています。 

その日、夕食の宴には私たちが八重干瀬で取った海の恵みが料理され、全員心から感謝してご馳走になりました。                                                 現在は魚介類の捕獲は禁止され、自然の観察をするだけに規制されましたが、浮上?した幻の珊瑚礁に立つだけでも、おとぎ話の龍宮城の庭で遊ぶような思いがします。                           
そして今年(平成20年)は八重干瀬祭りも第26回を迎えます、今では200t級のフェリーの運航で多少の天候でも安全に八重干瀬へ行くことが可能になりました。初夏の気候の中、心地良い潮風の香りを嗅ぎながら大自然の素晴らしさをご堪能頂けると思います。

<八重干瀬の竜神>過去3度、八重干瀬に行きましたが一度も天気に恵まれた事がありません。      
それはこの八重干瀬の時期、海の生物が人間に獲られるのを恐れ彼らの海の守り神である竜神をはるか南海より呼び年に1度の八重干瀬の出現により自分たちを護るために海が荒れるように願いをかけると言われています。        

天候に恵まれると最高の旅になるのですが・・・今年の運勢はどうでしょう?

熊本の○○さんは、後に熊本日々新聞に八重干瀬”への旅行手記を投稿され、その掲載新聞をわざわざ送ってくださいました、本当に嬉しかったのでしょう。あの日の事を思い返すと結果良しといえども、なんとも複雑な心境です。

(※)昭和61年に大型フェリーが運行されるようになり安全に、そして快適に八重干瀬へ行けるようになっていますので、一度是非計画して下さい。

 <参考> 八重干瀬は年に1度しか現れない「幻の島」とされますが、実は年に数回は大潮の日には出現しています。  
旧暦三月三日の春の大潮の日に浜に出て遊ぶ。(古くは春の穏やかな海での豊漁を祈念し感謝する行事で、季節の巡りを祝って潮で身を清めるという古事の慣わしなのです) 

旧暦3月3日の浜下り(はまおり)を宮古島でサニツとも言うのは、三日(さんにち)の意。 

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